日時:2025年10月18日(土曜日)
午後2時〜4時
会場:京都市立芸術大学 C棟3階「講義室7」
参加者:22名
核兵器はなぜ廃棄できないのか。それは核保有国が、戦争を回避するためには核を持つことが必要だと考えているからです。大量殺戮を可能にする兵器が平和維持に不可欠だという理屈は、日常感覚からすると奇妙に聞こえるかもしれません。この理屈が成り立つ根拠は、核が基本的に「使えない兵器」であるという認識にあります。
敵対する二人の人物が、確実に相手を殺せる拳銃を持っているとします。しかもその拳銃には、打たれたら自動的に報復する機能も付いています。すると、二人が合理的に(つまり自分の延命を目的として)判断する限り、どちらも拳銃を発射することはできません。これが抑止力です。けれどもよく考えてみると、抑止力とは「相手は絶対に攻撃しない」という確信によってではなく、「もしかしたら攻撃するかもしれない」という疑いによって担保されています。
軍事力の均衡によって戦争を回避するという発想は、ナポレオン戦争終了後のウィーン会議(1814-1815)にもあります。ヘーゲルの『精神現象学』はその直前、1807年に刊行されました。その前年、執筆中のヘーゲルがいたイエナにナポレオン軍が侵攻しました。ヘーゲルはナポレオンのことを「馬上の絶対精神」と呼び、「歴史の終わり」について思考しました。「歴史の終わり」とは人類滅亡ということではなく、対立する〈力〉同士のぶつかり合いによる発展(弁証法)のプロセスが停止するということです。
核兵器は「最終兵器」とも呼ばれます。最終兵器とは、人類を滅亡させる(かもしれない)兵器であると同時に、歴史を終わらせる兵器という意味でもあります。ヘーゲルはもちろん核兵器は知りません。けれども核戦略理論とはそもそも何なのか、それを哲学的な根底から理解するためには、ヘーゲルと共に思考することが今もなお必要だと思います。(吉岡 洋)